恒例となったYuai版「本屋大賞」の発表です。
ことしもUAゼンセンの書店組合の仲間にご協力をいただき、さまざまなジャンルの14冊がラインナップされました。ぜひ、お近くの仲間の書店で手に取ってみてください。

フジグループ労連FTEユニオン

フジ・TSUTAYA・エンターテインメントは愛媛県を中心に徳島、広島、山口県に「TSUTAYA」を14店舗展開。フジグループ労連FTEユニオン(本部愛媛県松山市)は組合員数72名。

『ビッチな動物たち―雌の恐るべき性戦略』

ルーシー・クック 著 小林 玲子 訳 柏書房

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「自然の摂理に反する」という言い方がある。LGBTQに反対する際に「天然自然のあり方に反しているから認められない」という意味合いでしばしば使われる言い方だ。これを聞くたび「がんを切除したり、品種改良の米を食べたり、服を着たり、夏場にクーラーで涼むのが当たり前の人間界で『自然の摂理』もないだろう」と思う。
大体、本当に同性愛とかトランスジェンダーは「自然の摂理」に反するのか?。そもそもぼくらの言う「自然」って、最新の生物学の知見にもとづいているのか?。こんな議論を知り合いに片っ端から吹っかけて回ってしまうと友達が一人もいなくなりそうなので、僕は黙って『ビッチな動物たち』を読む。
 これは最新の知見にもとづいた生物学に関する本で、「野生動物の世界には、雌が頂点に君臨している種だってたくさんいるし、同性愛も、性転換も存在する」という驚きの内容を、ユーモアたっぷりの文体で次々と取り上げている。雄の生殖腺を備えるモグラの雌や、擬ペニスをぶら下げた好戦的な雌のハイエナ、同性同士の行為にふける雌のボノボや、雄から雌へ性転換するクマノミ。これを読むと「自然」というものの懐の広さに驚嘆させられる。
「自然の摂理」とは「自然に存在し、逆らったりあらがったりすることを許さない万物の法則」のことを言うそうだ。これらをふまえて冒頭を振り返ったとき、果たして「逆らったりあらがったり」しているのはどちらなのだろう。
自分の凝り固まった常識を解きほぐして、寛容を手に入れるにはもってこいの一冊。タイトルだけどうにかならなかったのかなぁと思わないでもないが、このタイトルでなければ手に取らなかったであろうこともまた確か。おすすめです。

『くもをさがす』

西 加奈子 著  河出書房新社

私がこの本を読もうと思ったきっかけは、朝の情報番組で、作者の西加奈子さんが話をされているのを見たからです。元気いっぱいの笑顔で楽しそうに話をしている様子を見て、これはあの前向きなパワーと明るさで周りの人達を巻き込みながら、「がんに打ち勝ったぞ」という闘病記に違いない、読み終えたら私も元気をもらえるのかなと思ったのです。
しかし、本のなかの実際の西加奈子さんは、テレビで見た様子とは違い、なにものにも負けない強い心の持ち主ではなかったのです。
ここには、言葉もうまく伝わらない、医療体制も日本とは全く異なっているカナダでの両乳房の除去手術・抗がん剤治療・コロナ感染というつらい体験が赤裸々に記されていました。がんになってそれを克服した知人はいましたが、ここまで詳しく病院でのやりとりや治療の様子、それに伴う不安な気持ちなどは聞いたこともなく、思いもよらない実情を知って衝撃を受けました。病院嫌いの私は読んでいて正直ビビりまくりでした。
また西さんの闘病と同時期の愛猫の闘病にも一喜一憂させられました。自分もつらいのに可愛がっている猫ちゃんまで病気になって死線をさまようなんて…。読む前の予想とは大違いのつらい内容だったのです。とはいっても、西さんらしいユーモアもあり、カナダ人の医療スタッフの話し言葉が関西弁に訳されているのには、クスッと笑いました。
「あなたの体のボスはあなた」。この本は、いつか、そのときが来たらベストな選択ができるようにという、会ったことのない「あなた」に送られた西さんからの愛のメッセージなのだと思います。
つらいとき、心が折れそうなとき、西さんや西さんを支えた人達のように力強くハグしてあげられたら、みんなが幸せになれそうな気がします。

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サニーマートグループ労連ウイル労働組合

ウイルは高知、愛媛県内に「TSUTAYA中万々店」「TSUTAYA南国店」「TSUTAYA WILL朝生田店」など10店舗を展開。サニーマートグループ労連ウイル労働組合(本部高知市)は組合員数73名。

『ぎょらん』

町田 そのこ 著 新潮社

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死者の最期の願いが「ぎょらん」という小さな赤い珠(たま)となりこの世に残るという。それを噛み潰すと知ることのできる願いは、救いとなるか呪いとなるか…。遺された人々が大切な人の死と向かい合う姿を描いた7編からなる連作短編集です。葬儀会社に勤める元引きこもりの青年「朱鷺」の成長を軸に、章ごとに異なる登場人物達がつながり合い、「ぎょらん」の真相に迫る一つの物語でもあります。文庫化にあたり書き下ろし1編が収録されました。
本書のテーマは「死」。見ないふりをしたいけれど、だれにでも必ず訪れるもの。大切な人の死にどう向き合うのか。どう受け止め、どう立ち上がるのか。そして自分はなにを遺すのか。
登場人物達がもがき苦しむ心情が生々しく、読んでいてつらくなる方もいるかもしれません。ですが、それぞれが立ち上がって歩き出すところまでしっかりていねいに描かれ、何事にも必ず救いがあると思わせてくれます。共感して痛みを感じた分、一緒に自分まで救われたような気持ちになるのです。
そしてこの作品の印象を、死の重苦しさや「ぎょらん」の不気味さから、温かいものに変えてくれるのが「朱鷺」の存在。不器用ながら真っすぐで、自身も深く傷ついているのに、とても人に優しい。癒されます。
『ぎょらん』を読んで死生観が変わったと感じます。
罪悪感や後悔からつらい場面ばかり思い返して、すっかり忘れていた「亡くなった人との楽しい記憶」を思い出して笑えるようになりました。生きている人に対しても、後悔や心残りにならないよう接することを心がけています。想いや願いを形として残すことで、少しでも遺される家族の後悔を減らし希望につながるのであれば、とエンディングノートも用意しました。
この先一日一日、大切な人達との時間を穏やかにていねいに過ごしていくつもりです。一人でも多くの方に、この作品の持つ希望と温かさが伝わるといいなと思い、紹介させていただきました。

『ノー・カントリー・フォー・オールド・メン』

コーマック・マッカーシー 著 黒原 敏行 訳 早川書房

ことし6月に亡くなった現代アメリカ文学を代表する小説家、コーマック・マッカーシーが2005年に発表した犯罪小説。
日本では扶桑社から2007年に『血と暴力の国』として発売されたが、2023年に早川書房から『ノー・カントリー・フォー・オールド・メン』として改題・改訂され再文庫化。2007年にはコーエン兄弟により映画化され、アカデミー賞では四冠を獲得。ほかにも『ザ・ロード』『悪の法則』『すべての美しい馬』などが映画化されているので、知らず知らずのうちにマッカーシー作品をご覧になっている方も多いのでは。
ある偶然から大金を見つけたベトナム帰還兵の男、ルウェリン・モス。犯罪がらみの金と知りつつ持ち帰ったその瞬間から、その金を巡ってカルテルと殺し屋アントン・シガーがモスを追うことに。一方、定年間近の保安官トム・ベルもモスを追って捜査を開始。果たしてモスの運命は…。
犯罪社会アメリカとメキシコの現実。大金を目の前にしたときの人間性、怨恨や仕事としてではなく、みずからの行動規範だけで人を殺すという理不尽さ。独特な文体が乾いた空気感を醸し出し、つねに緊張感が続く秀逸なサスペンス・スリラーです。
会話をカギ括弧内で区切らないなど、独特な文体と描写が最初はとっつきにくいかと思いますが、個人的にはマッカーシー作品のなかでは『ザ・ロード』と並んで読みやすい部類に入ると思いますので、オススメします。

『ノー・カントリー・フォー・オールド・メン』

カスミグループ労連REXTグループユニオン

REXT Holdings(旧ワンダーコーポレーション)は、全国に「WonderGOO」45店舗、「WonderREX」36店舗、「新星堂」43店舗などを展開。カスミグループ労連REXTグループユニオン(本部茨城県つくば市)は組合員数378名。

『ハヤブサ消防団』

池井戸 潤 著 集英社

ハヤブサ消防団

最初は、「池井戸潤先生がミステリー!?」とビックリしましたが、読んでいくと物語の世界に徐々に引き込まれていきました。
お話としては、東京から父親の生家のあるハヤブサ地区に移住を決めた作家の主人公・三馬太郎が、移り住んでまもなく放火と思われる火災に遭遇する。そして、地元の消防団に入団し、消火活動とともに事件の真相に迫っていく。
時を同じくして、東京から移り住んできた女性・立木彩は東京での仕事に行き詰まり、このハヤブサ地区に移ってきたという。そんな彼女を目にした太郎は異性として気になってしまう。そんな日々のなか、自身はミステリー作家ではあるが、消防団の活動もこなして、そのかたわら事件の背景や犯人像をも追い続けてゆく。
のどかな田園風景が続く静かな町で、なぜ不可解な火災が連続して起こるのか。そんなとき、今度は町民の水死体が発見される。事故に思われたが、調査していくと殺人の可能性が出てきて…。
疑惑が疑惑を呼ぶ、一見ただのミステリーかと思いきや、移住問題や信仰心などが絡んでくる。そのなかで感じたのは、人は自分が信じていることが「正しい・正解・真実だ!」と思い込み、集団で生活していくと、皆と同調してしまい、間違った選択をしかねないということです。
これは仕事でも言えることで、まずは「どうしたら最善の選択になるのか?」「自分の意見を押し付けていないか?」。そして、ひと呼吸置いてじっくり客観視して判断していきたいものです。都会の喧騒のなかでは難しいところもあるかもしれませんので、ぜひ田舎の原風景だらけのわが町にもお越しいただけたらと思います。
 余談なのですが、私、ドラマのハヤブサ消防団のエキストラに参加してきました。良かったら後半のお話の映像で探してみてください。少しだけ映っております。

『君のクイズ』

小川 哲 著 朝日新聞出版

賞金1000万円のクイズ番組に出場した主人公の三島玲央。決勝の最終問題で、対戦相手の本庄絆は問題が一文字も読まれぬうちに早押しボタンを押して正解するという「ゼロ文字正答」をして優勝する。
これはヤラセなのか?。なぜ本庄は「ゼロ文字正答」できたのか?。敗者となった三島が、本庄の過去や決勝戦を一つひとつ振り返り、その真相を探ってゆく。
三島のクイズプレーヤーとしての思考のなかに引き込まれ、思わず一気読みした作品でした。
テレビでは、クイズ番組を放送しない日はないくらいあふれている。観ている側で、得意げに回答しても、観られる側などは考えたことなどなかった。プレーヤーの心境が巧妙に表現されていて、現実の人達と重なり、思考処理のスピード感、競技クイズの緊張感や番組の裏側も垣間見られ、クイズ番組の観方も少し変わりました。
本庄を知っていくと、「ヤラセじゃないよね?」「どうなるの?」と信じたい気持ちになりながらも、「じゃあ、この『ゼロ文字正答』の謎は?」と、ラストの着地が気になって仕方がなかったです。人の表情や一面だけを見て「きっとこういう人だ」という決めつけや妄想が拡散され、現実にはないストーリーが出来上がり、困惑する三島。私も本庄という人物の過去を読むうちに、勝手に幻想を抱き、そして勝手にがっかりしたとき、偶像化していたことに気づき、脳内に問題文が浮かびました。「問題:現実のSNSではどれだけの嘘が一人歩きしている?」と。
クイズの選択問題のように、私達は生きていくうえで、いつも選択に迫られている。一見後悔した選択も、失敗や苦い思いを経験したからこそ、思いやることができたり、乗り越えられたりするなら、その後悔も無駄ではなく、正解となり報われます。
この本を読んだことで、競技クイズの知識だけじゃ勝てない努力や深さ、なにより知らないことを知ったときのよろこびやわくわく感を思い出しました。「知る」楽しさを思い出させてくれるクイズ小説です。

君クイズ

イオングループ労連未来屋書店労働組合

全国各地に「未来屋書店」「アシーネ」を235店舗展開。イオングループ労連未来屋書店労働組合(本部千葉市)は組合員数303名。

『限りある時間の使い方』

オリバー・バークマン 著 高橋 璃子 訳 かんき出版

限りある時間の使い方

人生を「4000週間」として捉えてみると、どのように時間を使うのか?。人生は短いということを改めて認識する一冊。
80歳まで生きるということは4000週間生きるということ。90歳まで生きても4700週間であり、人類最長寿命の122歳まで生きたとしても6400週間しかない。そう考えると、限られた時間をどのように使おうかと考えてしまいます。効率を考えてしまうと、生産性を高めるために休憩し、余暇さえ「有意義に」休もうと考えてしまいます。自分の時間を取り戻すためには、「時間を最大限に活用」するという考え方を離れることが必要です。
趣味の世界は、生産性とは真逆にあります。上達するためではなく、弾きたいから弾くピアノや、好きだからやるサーフィン。「なんのためでもない」なにかを楽しむこと。
すべてをこなすのは無理ということは分かっていても、パフォーマンス良く利益を得ることで自尊心が満たされたり、賞賛されたりすることに満足感はあります。しかしながら、自分の成し遂げたいことへの遠回りなのではないか?。自分が実現したいことに注力し、いかに成し遂げたかのほうが「自分の人生」を生きたことになるのではないか。限りある人生の大切な時間はあまりにも貴重であり、くだらないものに注意を向けていては、人生の一部をそのくだらないものに削ることになるのではないか。読み進めるなかで心はさまざまに動きます。
タイムマネジメントではなく、「時間に追いかけられている…」と勘違いしているみずからに対し、立ち止まって自分を見つめ直す時間を意識することになる本であり、「限られた時間」として自分自身に制約をつくるのではなく、「なにをしたいのか?。なにをすべきなのか?」を考える一冊としておすすめしたい本です。

『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』

今野 晴貴 著 青土社

旧来の資本主義経済が限界を迎えつつある現状をふまえ、国内外の労働運動の歴史を辿るとともに、労働と社会の現在と未来について考察する一冊です。今日では労使間の協議・交渉によってなされる賃上げが、企業の生産性改善・向上とセットで語られることも多くあります。本来、対価としての賃金を引き上げることで個々の労働者の意欲が高まり、そこで発揮された「頑張り」「努力」によって収益は増大、結果的に企業の価値も高まっていく…、はずです。本書のタイトルにある「フォーディズム」とは、アメリカ・フォード社の自動車生産システムから名づけられ、生産高に比例し賃金が上昇する仕組みを取り入れて普及した経営思想のこととされますが、その中心にあるものはベルトコンベアでした。ベルトが回転し、コンベアの進む速度が速くなればなるほど能率が高いという仕組み…。そこには「その流れるスピードに付いていけない、立場の弱い労働者」に対する視点が圧倒的に欠けているように思えます。
経営側から見れば「単に能率を低下させる者」と査定され、「スピードに追い付いていける(強い立場の)労働者」からすると、自分達の望むような賃金上昇を妨げる(足を引っ張る)存在に映るかもしれません…。しかしながら、われわれ企業内労働組合にとっては、そういった労働者もまた「共に頑張る仲間」であり、不毛な対立や組織から排除するようなことがあってはならないはずです。
労使が協調して生産性の改善・向上に取り組むとき、その手段や結果だけを論じるのではなく、進める過程において、だれも取りこぼされないように目を配ること、労働者の負担増加を監視し、時として会社に「ベルトコンベアの減速」を求めることも、これからの労働組合に求められる重要な活動の一つではないかと考えます。
 団結した労働者は企業組織に従属しているわけではなく対等なのであり、労働者から搾取し使い捨てるような企業など、この先、社会的に存続を許されるはずがないのですから。政策担当者が賃金と生産性にまつわる各種課題解決を目ざす際、幅広い視野からさまざまな気づきをもたらしてくれるであろう本として、おすすめします。

賃労働の系譜学