インタビューに応える宮田ゆうさん。自然体の爽やかな笑顔が印象的。なににでも一生懸命に取り組む、誠実な人柄が伝わってきた
宮田 侑(みやた ゆう)
1996(平成8)年2月19日、秋田県生まれ。2歳から埼玉県で育つ。2016(平成28)年、東京家政大学短期大学部栄養学科を卒業し、すかいらーくレストランツ入社。翌年、ガストの店長に就任。ほどなく複数店の店長を任されるようになる。2019年、同じくガストで店長を務める龍一さんと結婚。2021年長男出産。「子供を産んでも店長として働きたい」という思いを貫き、育休後、ふたたびガストの店長に復帰。しかし、夫の育児・家事の分担があっても、子育てと仕事の両立は想像以上に厳しかった。2024年、だれもが自分らしくイキイキと働ける職場を実現するために、すかいらーく労働組合の中央執行委員に立候補。組合の専従として活動するなか、働く仲間の代表として第28回参議院議員選挙(比例代表)に挑戦することを決意した。2026年6月第2子出産。現在、UAゼンセン政策政治局勤務。

だれもが“自分らしく” 安心して働ける社会にしたい

お客さまの笑顔が見られる「ガスト」の仕事が大好き

料理の専門学校で講師をしていた両親のもとで育った宮田ゆうさん。食卓にはいつも手づくりの料理が並んでいた記憶があるそうだ。自然と宮田さんも料理好きになり、将来は管理栄養士になりたいと考えるようになった。

短大の栄養学科に進学してまもなく、通学で使う駅に「ガスト」がオープンすることを知ると、アルバイトに応募し、働き始めた。「オープニングスタッフをトレーニングしてくれた社員の方が輝いて見えて、『私もこんなふうになりたいな』と感じました」。キッチンからホール(接客)へ、新しい仕事を覚えるのは楽しく、自信につながったという。一緒に働くアルバイトの仲間とも絆を深めていった。

短大時代に「ガスト」でアルバイトとして働き、すかいらーくに就職。東京都内や埼玉県内の「ガスト」で店長を務めた

なにより、お客さまから笑顔で「美味しかった」「ありがとう」と声をかけてもらうことによろこびを感じていた宮田さんは卒業後も「ガスト」で働きたいと考えるようになった。

すかいらーくに入社し、1年後、21歳で「ガスト」の店長に就任。「最初は、学生や主婦のアルバイトの方に仕事の指示をどう伝えて良いのか分からず、コミュニケーションがうまくいかなかったこともありました」。また、スタッフに任せることができず、一人で仕事を抱えてしまっていたと振り返る。

力を合わせて、店舗評価で高得点を獲得したときのよろこびの一枚

そんなとき、支えになってくれたのが龍一さんだった。店長候補者を対象にした研修会で出会い、同時に店長試験に合格。それぞれ都内と高知県で店長になったあとも、LINEで連絡を取り合い、次第に信頼し、尊敬する存在になっていったという。

当事者になって分かった 子育てしながら働く大変さ

「結婚して子供を持ったら店長を続けられなくなるのかな」。宮田さんは真剣に考えた。ちょうどそのころ、組合のダイバーシティ委員会に参加する機会があり、出産後も店長を続けている先輩と話すことができた。「育児と店長の両立が無理なんてことはないよ。やりたいことは声に出して言ってごらん。きっと周りに助けてくれる人はたくさんいるよ」という言葉で不安が晴れたという。龍一さんにも、「結婚・出産後も働き続けたい」と話し、「一緒に頑張ってほしい」と伝えたそうだ。

2019年、23歳で龍一さんと結婚。長男を出産後、ふたたび店長として働き始めた。しかし、現実は想像していたよりもはるかに厳しかったと宮田さんは振り返る。

働きやすい職場にするため組合活動に奮闘

すかいらーく労組が実施した国会見学で、川合孝典組織内参議院議員の事務所を訪問。川合議員の執務机に座らせてもらって撮った記念の一枚
すかいらーく労組の研修会で講師を務める宮田さん。組合員の仲間達に、労働組合の活動やUAゼンセン共済のメリットについて伝えた
組合では職場オルグや研修会の運営、機関誌の編集を担当。「賃金が上がっても、物価高や税・社会保険料の負担が重く、生活が楽にならない」「仕事の将来が描けない」など、店長時代とは違った立場で働く仲間の課題と向き合った

0歳児は週に1度熱を出し、そのたびに保育園から連絡がくる。「一旦子供を迎えに行き、夫に託したあと、お店に戻ったこともありました」。すかいらーくグループが導入していた変型労働時間制を活用できたのはありがたかったが、子供にも職場にも、保育園の先生にも申し訳ない思いでいっぱいだったと語る。

この先、子供が小学生になったら、放課後、学童保育だけで十分なのか、不安は尽きない。育児短時間勤務制度は法律では3歳未満、すかいらーくでは雇用区分によって小学6年生まで利用することができるが、子育てと仕事の両立に必要な制度の整備が企業努力に任されていることに疑問を感じることがたびたびあると話す。

組合専従になってUAゼンセンの活動にも積極的に参画。第75回「私の主張」東京都支部大会では育児と店長職の両立について語り優勝。2026労働条件闘争では標語が最優秀賞に輝いた

“働く仲間の代表”として現場の声を国会に届けたい

店舗で働く仲間達には、育児のことでずいぶん助けてもらった。宮田さんも仲間の事情に耳を傾け、互いに助け合うことで、店舗全体が明るく前向きになったという。ただ、現場の努力だけでは乗り越えられない壁があると宮田さんは訴える。働きながら子育てをする当事者になって、法制度の不備を痛感した宮田さんは、自分と同じような悩みを抱えている仲間がたくさんいることに気づいたという。「このままでは、なにも変わらない」。それが国政に挑戦する動機になった。

すかいらーく労組の本部事務所(東京都武蔵野市)は、通い慣れた愛着のある場所。家族のような仲間達から熱い声援を受けた

「川合孝典議員や田村まみ議員、堂込まきこ議員など、UAゼンセンの組織内議員の国会質問は、現場の仲間の声を代弁しているので重みが違うと感じました」と語る宮田さん。職場の声を政治に反映させる意義を感じていたという。とはいえ、まさか自分自身が国政に挑戦するとは思ってもみなかった。

柔道(黒帯2段)で鍛えた強い体と精神力で挑戦

小学1年から高校3年まで続けた柔道は2段。礼儀作法を学び克己心をはぐくんだ

名前の「侑(ゆう)」という文字には、「進む」という意味があり、「周囲の人を思いやりながら正しい方向に進んでほしい」という願いが込められているそうだ。キャリアと子育てのどちらかを選ばなければならない社会ではなく、自分が望む選択ができる社会。介護や病気治療中の仲間も安心して働き続けられる社会にしたい。

「宮田ゆう」は動き始めた。「先頭に立って、やり抜く覚悟です」。