労働者の安全と健康を確保することは最も根源的な労働条件です。UAゼンセンはこのほど、「2026年度労働安全衛生セミナー」を催し、加盟組合労使がメンタルヘルスに関して学びました。概要をお伝えします。

参加型職場環境改善でメンタルヘルス対策を
冒頭、労働条件局の松井健局長が、UAゼンセンの見舞金制度にふれ、精神疾患で30日以上休業している組合員が2023年に3000名を超え、直近1年間でも3000名近い状況を報告しました。また、3年前の同セミナーで紹介した参加型職場環境改善運動について、この活動が労働組合の日常活動と親和性が高く、メンタルヘルス対策に効果的であることを強調しました。続いて、3名の講師による講演を行いました。
受検者の約10%が 高ストレス者と判定
まずは、厚生労働省労働基準局安全衛生部労働衛生課メンタルヘルス対策・治療と仕事の両立支援推進室のメンタルヘルス対策係長・中村瑛一氏が、ストレスチェック制度の詳細と実施状況について説明しました。
「10年前に施行された本制度は、労働者のストレスに関する検査を行い、結果を本人に通知することでセルフケアにつなげるなどの趣旨で開始されました。高ストレスと判定された労働者は、本人の申し出により医師の面接指導を受けることができます。また検査結果を集団ごとに分析し、職場環境の改善に生かすことも推奨されています。現状ではストレスチェック受検者の約10%が高ストレス者と判定され、そのうち約10%が面接指導を申し出ています」と解説。
50人未満の事業場でもストレスチェック義務
続けて、改正労働安全衛生法(ことし5月に成立、施行は公布後3年以内)における50人未満の事業場へのストレスチェック制度の義務化拡大について説明。小規模事業場では、労働者のプライバシー保護の観点から原則として外部委託が推奨され、医師の面接指導は全国350カ所の地域産業保健センターにおいて無料で受けられることを示しました(図A参照)。

加盟組合の取り組み事例
平和堂グループ労働組合連合会ファイブスター労働組合
石原崇弘委員長は「メンタルヘルスは個人の問題ではなく、労使が一緒に取り組むべき社会的課題である」と提起しました。とくに、ファイブスターの属する飲食業界では「だれかのメンタルが限界に達してから気づく」という遅れた対応が多いと指摘し、「弱さを言葉にしてもいい」という考え方のもと、お互いに言い合える関係性のある職場づくりが労働組合の使命であると強調しました。
続いて、ファイブスター労働組合が取り組む三つの事例を発表しました。
①メンタルヘルスマネジメント検定の団体受験について
大阪商工会議所主催のこの民間資格は、Ⅰ種(マスターコース)、Ⅱ種(ラインケアコース)、Ⅲ種(セルフケアコース)があり、とくにⅢ種を従業員が取得することで正しい知識を広げる取り組みを行っています。具体的な支援として、公式テキストの提供、受験料の半額補助、夜10時からのオンライン学習会などを実施しています。
②ストレスチェック制度への積極的関与について
ストレスチェック制度を「生きた仕組み」にするため、次の3点に取り組んでいます。㋐匿名性の確保と不利益取り扱いの防止…安全衛生委員会でデータの取り扱いや保存方法を確認㋑制度設計の労使協議…実施方法・質問項目・外部委託先などを話し合い、安心して制度を受けられる環境を整備㋒職場環境改善への働きかけ…ストレスチェックは「測るだけ」で終わっては意味がないため、組合は職場全体のストレス状況を把握する集団分析の結果を活用し、職場の実態にもとづいた具体的な職場環境の改善策を企業に提案する役割を果たします。
③AIを活用した次世代セルフケアについて
来年の本格導入へ向けてAIと人のハイブリッド型支援プログラムを検討しており、弱っている人だけでなく、元気なうちからの支援を目ざしていると締めくくりました。
幅広い視点で職場環境改善を
最後に、大原記念労働科学研究所特別研究員で産業衛生専門医の佐野友美氏が、メンタルヘルスの第1次予防対策としての参加型職場環境改善について説明しました。
まずは仕事に関連したストレスモデルと予防対策について解説。「精神疾患の発症はストレス要因から始まり、個人のバックグラウンドや上司・同僚の支援が影響し、改善しない場合はストレス反応が出て疾患に至るというプロセスをたどります。1次予防には、ラインケア・セルフケア・職場環境改善が含まれ、2次予防には、ストレス反応の早期発見・対応、3次予防には、ストレス関連疾患からの職場復帰支援と、各段階で予防対策があります」と述べました(図B参照)。

職場環境改善の視点と効果については、作業場の環境、仕事の進め方、人間関係・職場内コミュニケーション、安心できる職場の仕組みなど幅広い視点があることを説明。効果に関する研究では、約半数の研究で健康指標の改善が見られ、とくに複数の対策を組み合わせることで効果が高くなることを強調しました。また、現場参加型の職場環境改善がメンタルヘルスに良い影響を及ぼすことを示す研究を紹介。好影響の理由として「現場の状況に即した対応ができる」「自己コントロール感の向上」「参加と対話によるコミュニケーション向上」を挙げました。
さらに、ストレスチェック制度における職場環境改善について解説。集団分析結果の活用ポイントを①放置しない(毎年結果を見て状況を把握する)②結果をフィードバック(安全衛生委員会への報告および管理職への説明会)③職場環境改善(集団分析結果をもとに改善点を考える)の3段階で示しました。
現場主体の環境改善 多様な業種で効果あり
佐野氏は、現場が主体となって幅広い視点から職場を見つめ直し、すぐにできる改善に着目して積み重ねていくことの重要性を強調。「この手法はさまざまな業種で展開されており、メンタルヘルス対策としても効果があります。アクションチェックリストなどのツールを活用することで、短時間で無理なく進められます」と語りました。実際の取り組み事例として、仕事の進め方・作業場の環境・コミュニケーション・安心できる職場の仕組みなどの領域での改善例を紹介しました。
最後に厚生労働省のWebサイト「こころの耳」などで「いきいき職場づくり」に関する情報やツールを確認・活用することを勧めました。
“安全衛生はすべてに優先する”ことを労使で共有し、安全で健康に働くことができる職場環境づくりを進めていきましょう。
