コロナ禍でも現場に立ち続け、社会を支えてきたエッセンシャルワーカー。しかし、賃上げ環境が改善するなかでもエッセンシャルワーカーの労働条件は低水準にとどまっています。UAゼンセンはこの処遇格差を放置できないとの問題意識から、昨年9月の定期大会で策定した新中期ビジョンに、「エッセンシャルワーカーの労働条件の改善」を重要な柱の一つとして掲げました。11月20日、政策サポートセンターはエッセンシャルワーカーの労働条件の改善へ向けたセミナーを開催しました。その概要を報告します。
「エッセンシャルワーカーの労働条件の改善に向けて」
筑波大学人文社会系名誉教授
ベルリン自由大学フリードリヒ・マイネッケ研究所研究員
田中 洋子 氏
社会に不可欠なのに 労働条件が低い矛盾
コロナ禍をきっかけに、日常生活になくてはならない仕事をする人達、いわゆる「エッセンシャルワーカー」の重要性は、改めて認識されるようになりました。スーパーマーケットやドラッグストアの従業員、物流を担うドライバー、医療・介護・福祉の現場で働く人々、保育や清掃、公共サービスに携わる人々がいなければ、社会は成り立ちません。日本政府も、こうした人々を「社会機能維持者」として言及するようになっています。
しかし、これほど明らかに社会にとって不可欠な仕事を担っているにもかかわらず、処遇は冷遇されています。しかも、そこには長い時間をかけて継続的に悪化してきたという歴史があります。仕事の不可欠性と処遇水準が反比例するという、深刻な矛盾が存在しています。
日本のエッセンシャル ワーカーの主要5類型
日本のエッセンシャルワーカーで主要な部分を占めるのは、①小売業における主婦パート②飲食業における学生アルバイト③公共サービスの担い手の非正規化・民営化④女性中心の看護・介護職⑤委託・請負・フリーランスの担い手という5類型に整理できます。
小売業・飲食業での働き方・処遇の現状
この30年の間に、民間で始まった非正規化は公共サービスにも広がり、日本全体であらゆる分野に定着しました。その結果、非正規雇用は4割近くに達し、女性では半数以上が非正規という状況になっています。
小売業・飲食業について見ると、もともと個人経営や家族従業が中心でしたが、1990年代以降の規制緩和と市場開放により、大型店やチェーン展開が進み、雇用労働者が増加しました。その過程で、主婦や学生を低賃金で活用する仕組みが広がりました。
背景には、「夫の収入で家計を支える」という高度成長期の前提があります。主婦パートや学生アルバイトは「低賃金で当然」とされ、低処遇が正当化されてきました。
バブル崩壊後も賃金構造は見直されず、非正規雇用を積極的に活用する経営が定着しました。
その結果、低処遇のまま業務の高度化と責任の増大が進み、正社員は過重労働、非正規は低賃金・不安定雇用という二極構造が固定化しています。
働きやすいドイツ 厳格な労働時間規制
ドイツではフルタイムの働き方について、労働時間規制(週48時間、1日最長10時間)が厳格に守られ、長時間労働を前提とした運用は認められていません。「労働時間口座(時間ポイント制)」や「個人別労働時間モデル」により、人生の段階に応じた柔軟な働き方が可能となっています。
また、パートタイマーは、日本でいう短時間正社員です。2001年のパートタイム有期契約法により、労働者はパートタイム勤務への転換を請求できるようになりました(編者注:2019年の法改正により、ブリッジ・パートタイム制度が導入され、パート転換後にフルタイムへ復帰する権利も制度化)。
管理職でもジョブシェアリングが広がり、責任ある仕事とワーク・ライフ・バランスの両立がはかられています。
給与については、働く時間や場所にかかわらず、仕事の内容や責任、経験にもとづいて決められ、全員が同一の給与表にもとづいて支払われています。
ドイツのエッセンシャルワーカーの働き方
日本のハンバーガーショップでは、労働者の約9割が非正規で、店舗によっては100%非正規という例もあります。
一方、ドイツのハンバーガーショップでは、8~9割がフルタイムの正社員で転勤がありません。一般の従業員がそのまま店長へと昇格していきます。仕事のレベルに応じたシンプルな等級制度があり、賃金は労使交渉で決められた一つの給与表にもとづいて支払われます。未経験者から管理職までが一本の等級体系でつながっており、正規・非正規の区別はありません。
スーパーマーケットでも同様で、小売業全体を組織するドイツ統一サービス産業労働組合(Ver・di)が賃金や休暇を交渉で決定しています。求人では「フルタイムでもパートタイムでも可」とされ、働く時間にかかわらず同一の協約給与表が適用されます。販売員から管理職までが一つの賃金体系に含まれ、年功的な昇給も組み込まれています。
こうした仕組みにより、ドイツでは正規・非正規の処遇格差を生まず、労働組合の交渉をつうじて毎年安定的な賃上げが実現しています。
パートを正社員としたイケア・ジャパン
日本でも、同様のモデルを実践している企業があります。その代表例が家具量販店のIKEA(イケア)です。イケア・ジャパンでは、2014年にパートを全廃し、全員を無期雇用の短時間正社員としました。
仕事の内容とレベルにもとづく賃金体系を導入した結果、従業員の安定感とモチベーションは大きく向上し、離職率は低下しました。短時間勤務からフルタイムへの移行や、その逆も柔軟に行われ、キャリア形成の選択肢が広がっています。企業側にとっても、人材定着や組織の一体感という点で大きな効果がありました。
処遇格差のないフェアな働き方へ
エッセンシャルワーカーをめぐる問題は、個々の職場の努力だけでは解決できない構造的な課題です。ドイツやIKEAの事例が示すように、雇用形態を分断せず、仕事にもとづく公平な処遇と柔軟な働き方を実現することは可能です。日本では、処遇格差のないフェアな働き方への転換が、いま強く求められています。
質疑応答(抜粋)
【質問】ドイツでは、2001年のパート法が大きな転機だったとの説明がありました。失業率が高かった当時、ワークシェアリング的な発想(仕事の分け合いによる雇用創出)から導入されたのではないかと考えていましたが、実際の背景はどうだったのでしょうか。また、制度はうまく機能したと評価して良いのでしょうか。
【回答】1990年代半ば、IT革命やグローバル化を背景にドイツでは「労働の未来はどうあるべきか」をめぐる議論が活発化しました。「ある時期は収入労働を重視し、別の時期はケアや学びを重視する。そうした切り替えができる社会が、これからの労働の未来ではないか」という議論が非常に盛り上がりました。
その流れのなかで、1998年に社会民主党への政権交代がありました。社会民主党は「労働の未来委員会」を立ち上げ、政府としても、これからの働き方のビジョンを示しました。ビジョンのなかで重要だったのは、仕事を「収入労働」だけで捉えないという考え方です。この考え方のもと、収入労働以外の活動も対等な労働として位置づけていくという方向で制度設計が進められ、その一つとして整備されたのがパート法です。
パートを非正規としてではなく、人生の必要に応じてだれもが短く働けるための社会的インフラとして位置づける―。そうした理念のもとで制度がつくられてきた、という経緯があります。
セミナー概要は以上です。UAゼンセンは、引き続きエッセンシャルワーカーの労働条件の改善へ向けて取り組んでいきます。
(※)本稿は、昨年11月20日開催の「エッセンシャルワーカーの労働条件の改善に向けて」セミナーでの講演をもとに、UAゼンセンが整理したものです。文責はUAゼンセンにあります。
