“読書の秋”恒例のYuai版「本屋大賞」。
ことしは、7月に逝去されたミステリー作家・東野圭吾氏を特集します。

数々のベストセラー・映画化などで多くのファンを持つ東野作品のなかから、UAゼンセンの書店組合の仲間がおすすめする「Best3」を紹介します。

本のプロが選ぶ「Best東野作品」を参考に、読書の楽しみを広げてください。

波岡 太朗 書記長 の Best東野作品

Best1

『聖女の救済』

文藝春秋 刊

Best2『赤い指』


講談社 刊

Best3『宿命』

講談社 刊

東野圭吾は、書店員にいつでもその重要な使命を思い出させる作家である。

書店員にとっての重要な使命はいくつかあるが、なかでも「本好きの市民を増やし、世に読書の愉しさを啓蒙し続けること」は永遠の課題であり、またこのミッションに東野圭吾という国民的作家の存在は不可欠だと言える。それはなぜか。「ちゃんと面白い作品がコンスタントに供給され続ける」こと、「書き手自身にも高い知名度があり、実績を持っている」こと、「映像化との相性が良く、人気と話題性がある」ことは、書店が読書嫌いに「小説を読むという体験の愉悦」を伝え、最初の1冊を提案するうえで大事なファクターだからである。

東野圭吾の偉大さとは、それらすべての要素を兼ね備えた現役のベストセラー作家であったことであり、だからこそ業界全体にとってその喪失は非常に大きい。われわれが店頭で「普段あまり本を読まないが、面白い小説を探している」と尋ねられたとき、老若男女問わず自信を持って推奨できる貴重な作家の新刊はもう発表されないということだ。

そんな東野圭吾作品のなかでも、直木賞を受賞した『容疑者Xの献身』を含む『ガリレオ』シリーズにはファンも多く、ドラマや映画をきっかけに読み始めた読者も相当数いるはずだが、とくにシリーズ第2長編『聖女の救済』を紹介したい。

『聖女の救済』で探偵ガリレオこと湯川と対峙する相手はセレブリティの女性パッチワーク作家であり、その真柴綾音は自身の主宰するパッチワーク教室で講師を務める女性と夫が不倫関係にあることを知り、さらに離婚を切り出されてもいる。つまり物語の表面上、事件発生に至る背景や犯人の動機に意外性がない。にもかかわらず、この真柴綾音は『容疑者X〜』に登場した天才数学者・石神と並ぶほどの強敵であり、警察と探偵ガリレオを向こうに回して復讐のために完全犯罪を目論む「聖女」という魅惑的なキャラクターである。

ミステリーであり、同時にエンターテイメントであるから「一見不可能と思える遠隔殺人」や、「主人公サイドに容疑者に心惹かれてしまう刑事がいる」といったフックも散りばめられているが、『聖女の救済』の凄みはアリバイ崩しでも(非合理的な)トリックの解明でもなく、終盤で『救済』の真に意味するところが明らかになる場面だと断言しておく。

連作短編集としてスタートした『ガリレオ』シリーズだが、初長編の『容疑者X〜』で物理学者VS数学者という天才同士の論理対決を描き大ヒットさせた後、別の角度から前作に引けを取らない新たな謎と驚き、そして深い満足を読者に提供してみせた東野圭吾の天才ぶりに、改めて感嘆するほかない。

「未来屋書店」「アシーネ」などを展開。イオングループ労連未来屋書店労組(山下俊司委員長)は組合員数2058名。

吉原 俊明 副書記長 の Best東野作品

Best1

『ある閉ざされた雪の山荘で』

講談社 刊

Best2『仮面山荘殺人事件』

講談社 刊

Best3『クスノキの番人』

実業之日本社 刊

この作品を知ったきっかけは、2024年に公開された映画でした。推しの役者、西野七瀬さんや森川葵さんが出演しているということで興味を持ち、「これは原作も読んでみよう」と手に取ったのが始まりです。

物語は、劇団のオーディションに合格した男女7人が、最終選考のため雪の山荘に集まるところから始まります。そこで与えられた課題は、山荘で起こる連続殺人事件を演じること。ところが、メンバーの一人が姿を消したことで、「これは芝居なのか?」「それとも本当に事件が起きているのか?」という状況になっていきます。

この作品について、最初は「雪山の密室ミステリーかな」と思って読み始めたのですが、面白いのはそこだけではありません。なにより面白いのが、役者達が演じる「つくられた物語」と、役者自身の思惑や現実が入り混じっていくところです。

だれかが話していることも、演技なのか本心なのか分からない。行動も、事件のための演技なのか、本当になにかを企んでいるのか分からない。読んでいるこちらまで、「え、いまのはどっち?」となってきます。

さらに印象に残ったのが、作中に出てくる「独白」です。普通なら、独白はその人の本当の気持ちを知るためのものですよね。でも、この作品では「その独白だって、本当に信じていいの?」と思わされる。登場人物だけでなく、読んでいる自分まで物語に振り回されているような感覚が味わえます。そして、最後まで読み終わると、「あの場面って、そういうことだったのか」と、最初からもう一度読み返したくなります。

映画をきっかけに興味を持った方にも、東野圭吾さんの初期作品を読んでみたい方にもおすすめです。あまり先入観を持たずに、ぜひそのまま物語に入り込んで読んでみてください。

「文真堂書店」「Bookmanʼs Academy」などを展開。SSUA文真堂書店労組(沖田忠雄委員長)は組合員数231名。

小林 麻美 さん(コメリ書房加茂店)の Best東野作品

Best1

『容疑者Xの献身』

文藝春秋 刊

Best2『聖女の救済』

文藝春秋 刊

Best3『ガリレオの苦悩』

文藝春秋 刊

ミステリーに興味はあるけれど読んだことがない人や、ミステリーに苦手意識がある人におすすめしたい作品です。映画化もされた本作は探偵ガリレオシリーズ第3弾で、シリーズ初の長編になっています。

天才物理学者である湯川に友人の刑事・草薙が事件の謎を持ってくることから物語が始まります。犯人が分かった状態からストーリーが始まり、登場人物の心理描写とともに推理が展開されていきます。

前夫を殺してしまった靖子にとって隣の住人でしかなかった石神がなぜか殺人の後始末をしてくれ、警察に捕まらないように助けてくれます。なにを考えて手を貸してくれたのか、石神の想いが後半になるにつれて明かされていき、純粋な想いに心を打たれます。

石神の深い愛情がトリックの根幹になっていることに驚くとともに、この想いが報われてほしい気持ちで読み進めてしまうほどでした。

友人同士の会話で描かれる“天才物理学者VS天才数学者”の頭脳戦も面白かったです。どういった形でアリバイを成立させたのか、読みながら草薙と一緒に悩んでしまいました。序盤の日常から伏線が張られているのに気づけなかったり、次々と出てくる花岡母娘のアリバイに盲点を突かれたり。草薙との友情を失う可能性をかけてでも、石神がしたアリバイ工作についての真実を靖子に語る湯川の覚悟はとても重かったです。

友人を疑うこと、真実を明らかにしたとき友人の願いが叶わなくなることへの葛藤を経て、最後に湯川と石神が会話するシーンは切なくなります。ラストシーンの慟哭は読みながらも泣いてしまうほど心に響くものでした。

この作品は登場人物の心情を交えながら推理していくので、ミステリーが苦手な人でも面白く読めると思います。

「コメリ書房」を展開。コメリグループユニオン連合会ムービータイムユニオン(大塚雄三委員長)は組合員数63名。

長塚あさひ さん(商品部)のBest東野作品

Best1

『麒麟の翼』

講談社 刊

Best2『流星の絆』

講談社 刊

Best3『片想い』

文藝春秋 刊

物語の舞台は東京・日本橋。ある夜、麒麟きりん像の前で、胸を刺された男性が倒れます。なぜ彼は、深い傷を負いながらも助けを求めず、日本橋まで歩き続けたのか。事件の容疑者として浮かび上がった青年にも、簡単には説明できない事情がありました。刑事・加賀恭一郎が、一つひとつの証言や小さな違和感をたどりながら事件の真相に近づいていきます。

東野圭吾作品というと、巧妙なトリックや予想外の真相を思い浮かべる方も多いと思います。もちろんこの作品にもその面白さがあります。しかし、私が東野作品で本当に好きな部分は、心を抉えぐる人間劇の描写がうまいところです。とくに今回取り上げた『加賀恭一郎シリーズ』はその部分が色濃く出ています。

親は子供のことを、どこまで知っているのか。家族だからこそ言えなかったことや、気づけなかったこと。だれかを思ってしたことが、必ずしも相手に伝わるとは限らない。それでもだれかを思う気持ちは確かに残っていく。人と人とのつながりが、この作品にもたくさん詰まっています。

また、私が加賀恭一郎という人物を好きなのも、この作品をおすすめしたい理由の一つです。目の前にある事実だけで人を決めつけず、「なぜそうしたのか」というところまで見ようとする。事件そのものだけではなく、その奥にいる人の気持ちまで拾い上げていくような加賀の姿勢が、とても好きです。

『麒麟の翼』は加賀恭一郎シリーズ第9作ですが、この作品から読んでも十分楽しめます。

私は本作を読み、日本橋の麒麟像にも特別な思いを持つようになりました。いまでは1年に1度ほど実際に日本橋へ行き、加賀のたどった道程をなぞりながら麒麟像を見上げています。ぜひ皆さんも加賀恭一郎シリーズを読んで日本橋や人形町に赴いた際は、その思い出をさらに特別なものにしてみませんか。

「Wonder GOO」「Wonder REX」「新星堂」などを展開。カスミグループ労連REXTグループユニオン(小林直美委員長)は組合員数319名。

山中 由貴 さん(TSUTAYA中万々店)のBest東野作品

Best1

『永遠の記憶』

文藝春秋 刊

Best2『容疑者Xの献身』

文藝春秋 刊

Best3『予知夢』

文藝春秋 刊

東野圭吾さんの訃報が発表された直後の刊行となった本作は、彼の作品のなかでも人気の『ガリレオ』シリーズの完結作として発表された。天才物理学者・湯川学と、大学時代からの友人で刑事の草薙俊平のコンビが、警察組織だけでは手に負えない不可解な事件を科学的見地から解明するこのシリーズは、ドラマ化によって生まれた正義感あふれる女性キャラクター、内海薫も加わり、長年愛されてきた。とくにシリーズ3作目『容疑者Xの献身』は、それまでのシリーズのトリッキーな作風とは一線を画す無償の愛を描いた重厚な人間ドラマで、第134回直木賞を受賞し、著者の人気を不動のものとした。

その『ガリレオ』シリーズ最後の作品は、「履歴る(たどる)」「終活る(ふりかえる)」と題された2つの作品からなる。

物語は、内海が老人男性に刺される場面で幕を開ける。犯行後、自殺を図るも一命をとりとめた犯人は黙秘を貫く。やがて、現場にいた犯人とは別の人物が、内海に恨みを抱いていると判明する。その人物は任意同行を受け、内海刑事と直接話すならばどんなことにも答える、と言うがー。

一方、湯川と草薙は、犯人である老人の持ち物を手がかりに、過去の事件で触れられることのなかったある人物の人生にたどり着く。

この作品を書いていたときに、著者が余命を意識していたかどうかは分からない。ただ、生み出した人間達に対して決着をつける、という覚悟ははっきりと伝わってくる。長い間作品のなかで生き、歳を重ねた湯川と草薙が、悔いを残すことなく新たな場所へ向かえるように、温もりある余韻を残して筆を置いたように思う。

作家とその登場人物はこんなふうに道を分かち、作家がその命を終えても、本を開くとそこで人生を続けていくものかもしれない。それはなんて素敵な想像だろう。

「高知蔦屋書店」「TSUTAYA」「BOOKS WILL」などを展開。サニーマートグループ労連高知蔦屋書店労組(山本真嗣まさつぐ委員長)は組合員数41名。