
現在、働き方改革関連法の施行から数年が経過し、労働時間の削減や有給休暇の取得促進が進んできました。しかし、デジタル化の進展により、新たな課題が浮上しています。スマートフォンやクラウドサービスの普及で、場所を問わず仕事ができる環境が整った一方で、「仕事から完全に離れる時間」が減少しています。

厚生労働省の調査によれば、テレワークの定着により、勤務時間外のメール対応や業務連絡が増加した労働者は約4割にのぼります。また、2024年の調査では、休日でもスマートフォンで業務メールをチェックする習慣がある人は6割を超えています。このような「つながりっぱなし」の状態は、心身の回復を妨げ、長期的には生産性の低下やメンタルヘルス不調につながることが明らかになっています。
罪悪感を持たずに休む勇気を持とう

スマートフォン時代の特徴は、仕事とプライベートの境界線が曖昧になったことです。通勤電車の中でメールやスマホをチェックし、帰宅後もチャットツールの通知が鳴り、休日でも「少しだけ」仕事の確認をする―。こうした行動が日常化すると、脳はつねに「仕事モード」から抜け出せなくなります。
実際、ドイツの心理学者達による研究では、勤務時間外にスマートフォンで業務関連の通知を受け取る頻度が高い労働者ほど、慢性的な疲労感と不眠の症状を訴える傾向が強いことが報告されています。さらに、アメリカの神経科学研究では、スマートフォンの通知音や振動だけで、実際に画面を見なくても、脳の注意システムが活性化し、集中力が分散されることが実証されました。つまり、スマートフォンが「そこにある」だけで、私達の脳は完全には休めないのです。
精神医学の観点から見ると、休息とは単に身体を休めることではありません。脳の前頭前野を中心とした「実行機能」を回復させ、ストレス反応を司る自律神経系をリセットすることが重要なのです。しかし、スマートフォンの画面を見続けることで、脳はつねに軽い緊張状態に置かれ、本来の休息が得られません(図1)。

また、2024年以降は生成AIの導入が一気に進み、便利になる一方で、AIからの自動通知や提案が増えたことで「つねに判断し続ける」疲れが問題になってきています。最新研究では、AIが背景で動いているだけで注意が分断され、脳が軽い緊張状態のままになりやすいことが示されています。こうした「注意の断片化」により、休んでいても休んだ気がしない、睡眠が浅い、といった感覚が生まれやすく、休息への罪悪感を強める要因にもなっています。AIもなかなか罪な存在です。

それでは、どのように「休む」べきなのでしょうか。以下、実践的な方法を提案します。
1.デジタル・デトックスの時間を設ける
毎日、就寝前の1時間はスマートフォンを見ない「オフライン時間」を設定しましょう。ブルーライトは睡眠の質を低下させるだけでなく、業務連絡への不安が睡眠を妨げます。中国の大学生を対象とした研究があり、就寝前スマホ使用制限により入眠潜時(寝つくまでの時間)が約12分短縮、睡眠時間が約18分延長し、主観的な睡眠の質も改善したというデータがあります(図2)。物理的に別の部屋にスマートフォンを置くなど、環境を整えることが効果的です。

2.「アクティブレスト」を取り入れる
休息というと、なにもしないことを想像しがちですが、軽い運動や趣味に取り組むことこそが、脳の真の回復を促します。週末の散歩、ストレッチ、料理など、仕事とは異なる種類の活動に取り組むことで、脳の異なる部位が活性化し、リフレッシュ効果が高まります。
3.「つながらない権利」を行使する
ヨーロッパでは「つながらない権利」が法制化されている国もあります。日本でも、チーム内で「緊急時以外は勤務時間外に連絡しない」というルールを明確にすることが重要です。個人の努力だけでなく、組織全体で休息を尊重する文化を醸成する必要があります。
4.短時間仮眠
一日のなかで10分程度の瞑想や、昼休みに15分程度の仮眠を取ることは、午後の集中力を高めます。多くの企業で仮眠スペースの設置が進んでいますが、個人レベルでも実践可能です。

適切な休息は生産性を高めることが、複数の研究で実証されています。最新の研究では、デジタル機器から一定時間離れる「デジタル・デトックス」を行った人では、気分の安定や心理的な健康が1~2割ほど向上することが確認されています。スマホから少し離れる時間をつくるだけでも、気持ちが軽くなったり、心に余裕が生まれやすくなったりすると報告されています。
休息により、脳は情報を整理し、新しいアイデアを生み出す「デフォルトモード・ネットワーク」が活性化します。つねに忙しく働き続けることは、短期的には生産的に見えても、長期的には思考の硬直化やバーンアウト(燃え尽き症候群)のリスクを高めます。

UAゼンセンの皆さまが日々取り組まれている働き方改革は、労働時間の削減だけでなく、「質の高い休息」をどう実現するかという新しいフェーズに入っています。組織としては、勤務時間外の連絡ルールの明確化、年次有給休暇の完全取得推進、そしてなにより「休むことは権利であり、生産性向上の戦略である」という認識の共有が必要です。
個人としては、罪悪感を持たずに休む勇気を持つこと。そして、スマートフォンやAIという便利な道具に支配されるのではなく、上手に距離を取る技術を身につけることが求められます。2026年、私達は「働き方」だけでなく「休み方」も改革する時代を迎えています。質の高い休息こそが、持続可能なキャリアと豊かな人生をもたらすと考えます。
にしだ まさき 精神科医・医学博士。東京医科歯科大学医学部(現東京科学大学)卒業。自治医科大学講師、ハーバード大学、スタンフォード大学の客員講師などを経て、現職。日本精神神経学会精神科専門医、日本睡眠学会総合専門医など。専門は睡眠、アスリートのメンタルケア、睡眠サポート。睡眠障害、発達障害の治療も行う。著書に、『休む技術2』(大和書房)、『眠っている間に人の体で何が起こっているのか』(草思社)など。
