【北陸ブロック代表 富山県支部】
平和堂グループ労連 ファイブスター労働組合 KHAING WIN ZAW さん
ミンガラバー。皆さん、こんにちは。カイ・ウィン・ゾーと申します。私はミャンマーのバセインという町で生まれ、いまは富山県高岡市にあるココス城東店で働いています。来日して2年になります。きょうは、日本での経験、そして「やさしい日本語」との出合いが、私の働き方、そして職場の雰囲気をどう変えてくれたかをお話しさせていただきます。
私には、ずっと持ち続けている夢があります。それは、将来、レストランや自分の会社をつくることです。
私の故郷のバセインは、夕日が川に映る美しい町で、魚がとてもおいしいです。伝統的な寺もたくさんあります。ですが、「働くこと」がつらそうな人が多く、笑顔で働く大人が少ないと感じたことがあります。だから、「働くことが幸せにつながる場所」を自分の手でつくりたい。その思いを胸に、私は日本に来ました。
しかし、日本の働き方に慣れるのは簡単ではありませんでした。時間に厳しいルール、報・連・相(報告・連絡・相談)の徹底、そして「空気を読む」文化。
とくに難しかったのが「言葉」でした。ですが、「言葉」で苦しんだ私を救ってくれたのも「言葉」でした。
ある日、先輩が私にこう言ってくれました。「疲れていませんか?」。その言葉は短く、やさしく、でも、とても温かく感じました。難しい敬語ではなく、シンプルな言葉だったからこそ、まっすぐ心に届いたのだと思います。ゆっくり、やさしく話してもらえるだけで、「自分はここにいていいんだ」と思えることがあるのです。
このことをきっかけに、上司や仲間と少しずつ気持ちが通じるようになりました。そして、安心感を持って働けるようになりました。このことは、私にとって、「やさしい日本語が職場の雰囲気を変えてくれた」と感じる出来事でした。
皆さんは、「やさしい日本語」に関する「ハサミの法則」を知っていますか?。「はっきり言う」「さいごまで言う」「みじかく言う」。この3つの頭文字をとって、「ハ・サ・ミ」。すごくシンプルですが、私にとってはとても助かる話し方です。それは「特別な日本語」を使わない、思いやりのあるコミュニケーションだと思います。
ここで、皆さんにお願いがあります。もし、外国人スタッフと話す機会があれば、少しゆっくり、ていねいに、短く話すことを意識してみてください。私達は、なにも「やさしくしてほしい」と思っているわけではありません。ですが、「伝えようとしてくれている」と感じるだけで、信頼が生まれます。そして、その信頼はチームワークや働きやすさにもつながっていく、と私は感じています。
私は以前、勤務について悩んでいたとき、組合に相談したことがありました。話を聴いてくれたことで勇気が出て、少しずつ自分の考えを伝えられるようになりました。それは、「組合にはちゃんと伝えようとしてくれる人がいる」と感じ、安心することができたからです。
声を上げるのは、いまでも少し怖いです。それでも、組合での経験をとおして、勇気を持つことができました。
先日、UAゼンセンの「外国人組合員交流会」に参加しました。そこで出会った多様性協働局のEsther Sui Van Mawi(エスター スイ バン モイ)さんの「外国人も安心して働ける職場をつくりたい」という言葉に強く共感しました。
労働組合があるからこそ、仲間の声を集め、職場を変える力があります。私は、ファイブスター労働組合で初めての外国人支部長を目ざしています。
最近、この「やさしい日本語バッジ」をつけたことで、日本人スタッフがやさしい日本語で声をかけてくれるようになり、外国人の仲間が安心して相談できる場面が増えました。この小さなバッジが、職場の雰囲気を大きく変える力を持つと実感しました。
今回の発表をきっかけに、UAゼンセン全体にやさしい日本語バッジと「ハサミの法則」を広げ、もっと多くの仲間が声を出せる職場をつくりたいです。
最後にもう一度、伝えたいことがあります。やさしい日本語は、小さな言葉で職場を変える大きな力です。「ハサミの法則」とバッジのような小さな工夫があれば、だれでも仲間に寄り添い、声を上げやすい職場をつくれます。私は、その力を信じています。
「いまを生きる」─これは、私の好きな言葉です。これからも夢へ向かって、一歩ずつ進み、やさしい日本語で、職場と仲間、そして自分自身を変えていきます。
プロフィール
カイ・ウィン・ゾー。近畿・北陸・岐阜を中心に、3業態の飲食チェーン店を展開するファイブスターに勤務。現在はファミリーレストラン「ココス」の城東店で接客・調理に携わる傍ら、やさしい日本語を活用し、外国籍の仲間の声を組合に届ける役割を担い、言語や文化の違いを越えた交流を広げている。また、職場の課題を仲間と共有し、安心して働ける環境づくりに取り組んでいる。2026年度からファイブスター労組初の外国人支部長に就任。
