人間はAI(人工知能)やロボットと違って、ずっと働き続けることはできません。「休むこと」が不可欠です。しかし現在、日本で働く私達はしっかり休めていると言えるでしょうか―。

そこで今月から、休養を重視する「多休社会の実現」を提唱する西多昌規先生による新連載をスタートします。西多先生には、『UAゼンセン新聞』に新春論文として「休む技術―スマホ時代の仕事オフのつくりかた」をご寄稿いただき、加盟組合の皆さんの大きな関心を呼びました。待望の連載にご期待ください。

プロローグ ――

なぜ、いま「多休」が必要なのか

日本の職場は「休養不足」 

「よく働くために、よく休む」。当たり前のように思えるこの言葉が、日本の職場ではなかなか実現できていません。長時間労働の是正が叫ばれて久しく、働き方改革関連法も施行されましたが、それでも多くの働く人は「休むことへの罪悪感」や「休めない職場の雰囲気」に悩まされています。

私自身も勤務医時代には、休む罪悪感に強く影響されていました。休診日を設ければ、前後の週がきつくなります。自分だけでなく、カバーするハメになる周囲の人に迷惑をかけてしまうなど、「休みを取るためのストレス」を避けるために、「休まないほうが結局のところラク」という気持ちになっていました。

厚生労働省の「令和5年労働安全衛生調査」によれば、仕事や職業生活に関する強いストレスを感じている労働者の割合は82・7%にのぼります。また、メンタルヘルス不調による休職・退職者がいる事業所割合は、令和5年調査で約13・5%と高い水準にあり、精神障害による労災認定件数は、令和5年度で883件となり、5年連続で過去最多を更新しています。これらの数字が物語るのは、日本の職場における「休養不足」の深刻さです。

本連載「多休のすすめ」は、こうした現状を変えていくための実践的なヒントをお届けします。精神科医・メンタルヘルス専門家の立場から、休むことの科学的根拠、具体的な休養方法、そして組織として休養文化を育てる方法について毎月お伝えしたいと思います。

日本人はなぜ休めないのか

日本の労働者が休めない理由は、個人の意識だけでなく、組織文化や社会構造に深く根ざしていると考えます。

休まないことの代償は大きい

休養不足がもたらす影響は、個人にとっても組織にとっても甚大です。

個人レベルでは、慢性的な疲労蓄積により、集中力の低下、判断力の鈍化、ミスの増加といった認知機能の低下が起こります。さらに、睡眠障害、頭痛、胃腸症状などの身体症状や、イライラ、不安、抑うつといった精神症状が出現します。長期的には、うつ病や不安障害などの精神疾患、また高血圧や心疾患などの生活習慣病のリスクが高まります。

組織レベルでは、生産性の低下が生じてきます。疲労した状態では創造性が失われ、問題解決能力も低下します。結果として、労働時間は長くなっても成果は上がらないという悪循環に陥ります。さらに、離職率の上昇、優秀な人材の流出、採用コストの増大といった人的資源の損失も深刻です。

横浜市立大学と産業医科大学などの調査によれば、全国労働者約2万7000人の調査にもとづく推計研究では、働く人の心身の不調(うつ傾向・不眠など)による経済的損失が約7・6兆円/年と推計されており、これは GDPの約1・1% に相当するとのことです。これは、個別企業だけでなく、社会全体の損失として認識すべき問題です。

休養の科学 ――

なぜ休養が重要なのか

適切な休養は、単なる疲労回復以上の効果をもたらします。これまで述べたように、私達の社会はなかなか休みづらい状況ですので、努力的意味も含めて「多休」と称して、休養の生理学的・心理学的な意味を考えたいと思います。

休養の重要性を理解するには、脳と身体がどのように疲労し、どのように回復するのかを知ることが有用です。代表的な休養の習慣である睡眠中が、とくに重要です。

私達の脳は、覚醒している間、つねにエネルギーを消費しています。とくに前頭前野という部位は、意思決定、計画立案、感情のコントロールなど、高度な認知活動を担っており、大量のエネルギーを必要とします。長時間の集中や緊張状態が続くと、脳内のグルコース(ブドウ糖)が枯渇し、神経伝達物質のバランスが崩れ、認知機能が低下します。これが「脳の疲労」の正体です。

休養中、とくに睡眠中には、脳内で重要な回復プロセスが進行します。グリンパティック系という老廃物排出システムが活性化し、脳内に蓄積したアミロイドβなどの有害物質が除去されます。また、記憶の整理・定着が行われ、学習内容が長期記憶として保存されます。さらに、シナプス(神経細胞のつながり)が最適化され、翌日の情報処理能力が回復します。

身体レベルでは、休養中に副交感神経が優位になり、心拍数や血圧が低下し、消化機能が促進されます。
同時に、ストレスホルモンであるコルチゾールの分泌が減少し、代わりに成長ホルモンやメラトニンなどの修復・回復を促すホルモンが分泌されます。免疫系も活性化し、感染症への抵抗力が高まります。

つまり、休養は単なる「なにもしない時間」ではなく、心身を積極的に修復・強化する「回復のための活動」なのです。この科学的事実を理解することで、休むことへの罪悪感は不合理であることが明らかになります。

「多休社会」を実現するために

休養を重視する社会、すなわち「多休社会」の実現には、個人、組織、社会それぞれのレベルでの取り組みが必要です。

休むことの罪悪感を手放す:休養は権利であり、パフォーマンス向上のための投資だと認識する。

自分に合った休養方法を見つける:アクティブレスト(軽い運動など)とパッシブレスト(完全な休息)を使い分ける。

休暇を計画的に取る:繁忙期を避けて事前に申請し、周囲との調整を行う。

日常的な小休止を大切にする:昼休みをしっかり取る、短時間の散歩を取り入れるなど。

休暇取得を推奨する文化づくり:管理職が率先して休暇を取り、模範を示す。

業務の標準化と共有:属人化を解消し、複数人で業務をカバーできる体制をつくる。

適正な人員配置:適正な人員配置:1人当たりの業務量を見直し、余裕を持った体制を整える。

評価制度の見直し:労働時間の長さではなく、成果を中心とした評価に転換する。

休暇取得率の可視化:部署ごとの取得状況を把握し、改善に生かす。

法制度の整備と遵守:年次有給休暇の取得義務化などの制度を確実に運用する。

好事例の共有:休暇取得推進で成果を上げている企業の取り組みを広める。

教育啓発活動:休養の重要性について、学校教育や企業研修で伝える。

働き方の多様化:リモートワーク、フレックスタイムなど、柔軟な働き方を推進する。

よく働くために、よく休む

――連載コラムの活用を

今月から、毎月異なるテーマで休養とメンタルヘルスに関する実践的な情報をお届けします。季節特有の課題(新年度のストレス、夏季休暇の活用、年末年始の疲労など)、ライフステージ別の休養法、職場でできる具体的な取り組みなど、多角的に「多休」を考えていきます。

各回の記事は、科学的エビデンスにもとづきながらも、現場で実践できる具体的な方法を重視します。読んだ内容をすぐに試せる、そんなコラムを目ざします。ぜひ職場で、本連載を議論のきっかけに活用してください。「うちの職場ではどうだろう」「こんな取り組みができるのではないか」と、具体的な改善につながる対話が生まれることを期待しています。

「よく働くために、よく休む」。この当たり前のことが当たり前にできる社会を、一緒につくっていきましょう。

西多 昌規氏 プロフィール
にしだ まさき。東京医科歯科大学医学部(現東京科学大学)卒業。自治医科大学講師、ハーバード大学、スタンフォード大学の客員講師などを経て現職。日本精神神経学会精神科専門医、日本睡眠学会総合専門医など。専門は睡眠、アスリートのメンタルケア、睡眠サポート。睡眠障害、発達障害の治療も行う。『休む技術』『休む技術2』(大和書房)、『眠っている間に人の体で何が起こっているのか』(草思社)など著書多数。